Are you crazy?
 

 

 
   冷ややかな温度をたたえた瞳がこちらを向く。
   すう、と細められたそれを見つめ、ダンテはきれいだな、なんてまるで他人事のような感想を胸のうちでもらした。
   刹那、強い衝撃が腹をつらぬき、体がふっ飛ぶ。ネロの蹴りをまともにくらったダンテは抵抗もできぬまま背を壁にしたたかに打ちつける。
(…このガキ、本気で蹴りやがって)
   肺の空気が押し出される感覚にダンテは息をつまらせた。
「安心しな、顔には手ぇ出さないでおいてやるよ。せっかくのきれいな顔に傷がついたらもったいないからな」
   蹴りあげた足をぶらぶらと泳がせてみせながら、ネロは言った。そして腹を押さえ壁によりかかるダンテにゆっくりと近づいていく。ごつごつと響くかかとの音が、静寂にこだまして不気味に笑っているようだった。
   ネロはダンテの前に立つとねめつけるようなまなざしでダンテを見下ろし、口の端をつりあげた。のぞき見えた暗くつめたい湖の底を思わせるその瞳は、依然として冷ややかだった。
「…………」
   なにも言わずただ睨みかえすだけのダンテの髪をつかみ、引きあげる。
   互いの視線が交差する。まばたきひとつない沈黙ののち、ネロの瞳がかすかに揺れた。
「……ふ、くく……、あはは」
   ネロは顔を伏せてくつくつ笑う。つかまれた髪がちりりと痛むなか、不気味に笑うネロをダンテは眉をひそめて見やった。やがてネロが緩慢な動作で顔を上げる。それと同時につかまれたままだった髪があっけなく解放される。
   やれやれ、とダンテが痛む頭に手をやろうとした瞬間、伸びてきた別の手がダンテの喉もとをとらえた。
「………っ!」
   声なき声がひゅ、と喉を通り、息の流れとともに漏れる。人間のほうの腕で締めあげているのはわずかな気づかいゆえか、はたまたまだ本気ではないことの表れか。ダンテにそれを知る術はなかった。
   つかまれたその手にぐっと力がこもったかと思うと、乱暴に投げ出される。そして体勢を崩しふらつくその脇腹にもう一度、ネロの蹴りが鋭く刺さった。めり込んだつま先から伝わる痛みにダンテは顔をしかめる。
   まるで布人形のように軽々と蹴り飛ばされた体は、ダンテお気に入りの黒皮張りのソファに叩きつけられた。はずみで口の中を切ったらしく、鉄くさい不快な味がじわりと広がった。
「俺と楽しいことしようぜ、ダンテ」
   恍惚とした表情でネロはこちらを見下ろしている。ダンテはそれを見上げ、鼻で笑った。
「…ずいぶんとクレイジーな誘い文句だな。坊やは手荒なほうがお好みか?」
   口内の血とともに、挑発を込めた台詞を吐き捨てる。裏道を歩いているとまとわりついてくる、狡い女たちのあの舐めるような視線も忘れずに。
   するとネロはへたり込むダンテの前に膝をつくと顎をつかんでくいと持ちあげ、息がかかるほどの距離まで顔を近づけた。
「そうさ。こうしてあんたが俺の前で苦しそうにしてるのを見てるだけでゾクゾクするんだ。なあ、ダンテ。俺と、もっともっといいこと、しようぜ」
   ひと息で言いつのるネロの、高揚と冷徹さがないまぜになった色の瞳を見つめる。先ほどまでは冷えきった波紋ひとつない水面そのものだったそれが、今は暗く青く燃ゆる炎のごとく揺れていた。

――その情炎に焦がされたらどんなに心地よいのだろう。

   そんなふうに思う自分を、
(大概狂ってやがる)
   自嘲を込めて笑ってやった。

   狂っているのは、お互いさまだ。

 

 

 

Back