ルーティン・ワーク
 

 

  いつものように朝起きて、顔を洗って歯をみがいて寝癖を直して着替えて。ネロは重いまぶたをこすり盛大にあくびをする。
   外はぽかぽかと暖かい陽気につつまれ、気持ちのいい朝だった。朝といってももう昼に近かったので、日はすっかりのぼりきってしまっていたが。
   たまっていた衣服を洗濯機につっこみスイッチを入れる。古いのか、やけにうるさかった。ダンテはあまり気にしていないようだったが、あまりにも騒がしいため夜遅くに稼働させるのはさすがにためらわれた。壊れて買い換えるときがくるまで我慢するしかない。そろそろ洗剤もなくなりそうだ。買い出しにも行かなければ。
   あとは、朝食の支度と事務所の掃除。掃除は、朝食のあとでも構わない。どうせ昼間に誰かが来ることなんて稀なのだから。
   しかしその前に、やることがもうひとつ。


   ネロは眼下ですやすやとおだやかな寝息をたてて眠る男を腕組みしながら見下ろしていた。
   昨日は蹴り起こし、おとといは布団をおもいきり剥ぎ取り、その前はベッドから転げ落とした。さて、今日はどんな方法で起こしてやろうか。
   しゃがみこみ、ダンテの顔をのぞきこむ。規則正しい寝息がとても心地よい子守唄のように聞こえ、起きたばかりだけれどまた眠れそうな気がしてくる。しかし今は起こしに来たのだから、誘惑に負けてはいけない。ネロはそろそろとダンテの顔に手を伸ばすと、その形のよい鼻を指でつまんだ。
   どんな反応をしてくれるだろうか。ネロはなおも眠りつづけるダンテの顔を見つめた。
   優しさをにじませながらも鋭く相手を射抜く青い瞳が閉じられているせいか、普段よりもいくぶん柔らかな印象を受ける。
   黙っていれば格好いい。たぶん彼はそういう部類に入るのだろう。前にそう言ってみたら「それは坊やのほうが言えるんじゃないか」とわけのわからない返し方をされた。
(…しかし、起きる気配がないな)
   ネロはむう、と難しい顔をする。さすがに口で呼吸ぐらいはするか。
(それなら)
   ダンテの乾いてかさつく唇をちらりと見たあと、そっと顔を近づける。
   あんたが起きないのが悪いんだからな。そう心のなかで言い訳をして、ネロは唇を重ねた。
   口と鼻とをふさがれ、一瞬ダンテの体がこわばったのがわかる。無意識下で息をしようと口が開かれたのをネロは見のがさず、舌をのばして口内を貪った。ダンテが苦しそうに声を漏らすのも構わずネロは続ける。
だんだん夢中になり、唇をなめたりついばんだりする。かさついて多少引っかかりがあるのが少し残念に思ったが、舐めて濡らしてしまえばそれも気にならなかった。
「……ダンテ……」
   吐息まじりのかすかな声でつぶやく。これは止まらないかもしれない。思って目を閉じたとき、突然頭に強い衝撃を受けた。
「…いっ、てえ!」
   目の前に星が散る。すぐさま、殴られたのだとわかった。
「このクソガキ、人を窒息死させる気か!」
   げんこつを食らった部分をなでさすり、ネロは目に涙をためて顔を上げる。ダンテが鬼のような形相で拳を握りしめていた。
「別に息できなくたって死にはしないだろ、あんたなら」
「そういう問題じゃない!」
   声を荒らげ、ネロを引き剥がす。
「顔真っ赤だぜ」
   笑って指さすと、もう一発げんこつを食らった。
「息ができなかったんだから赤くもなるさ」
   じとりとネロを睨み、ダンテは低くつぶやいた。ネロは立ち上がって振りかえりざまに「早く起きてこいよ」と言い、にこりと笑いかける。ダンテは布団をひっつかむと乱暴に頭からかぶってしまった。
「二度寝すんなよ」
「しねえよ、さっさと行っちまえ」
   ふてくされた声にネロは少しやりすぎたかなと苦笑して、部屋をあとにした。あの様子では怒っているわけではないだろう。むしろ、きっと今ごろ布団の中では…。
   戻って布団を剥いで彼のその顔を見てみたい衝動をぐっとこらえ、ネロはドアから遠ざかる。
   ねぼすけおやじが起きてきてしまう前に、朝食の支度をしてしまおう。そしてどんな表情をして顔を合わせてくれるのか。ささやかな楽しみを胸に、ネロはキッチンへ向かった。

 

 

 

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